獣医の私が困った不妊手術での関連疾患

2021/12/09

獣医の私が困った不妊手術での関連疾患

みなさんはペットの不妊手術をしていますか

近年、ペットの不妊手術(避妊・去勢)はかなり一般的なものになってきました。
ワンちゃんでその半数、ネコちゃんで8割程度が実施していると言われています。

多くの獣医師が不妊手術を推奨しているからこその普及率ですが、ペットショップから新しくおうちに来た子たちはショップに併設されている動物病院で手術をしてもらえるといった機会も多くなっており、今後も不妊手術の割合は更に増加していくことでしょう。

去勢・避妊によるメリットやデメリットを知る機会も増えてきたと思いますが、その一方で、健常な身体にメスを入れてまで手術を行う事への抵抗感や、赤ちゃんを作りたい等の様々な理由により不妊手術を行っていない子がいるという事もまた事実。

早期(1歳程度)での手術を推奨することが多い一方で、ある程度年齢が上がって来た子たちはその機会を逃したまま高齢になってしまうことも。

今回は不妊手術に関連する主な疾患と、私が診察で実際に出会った症例の内で、不妊手術をしていなくて困った、またはしていて困った事例をいくつか紹介していきたいと思います。

獣医が困った不妊手術の関連疾患

不妊手術にはいくつか種類がありますが、どの手技でも共通している点は卵巣を摘出すること。
これによって雌性ホルモンが出なくなり様々な病気の予防ができます。

最も有名な疾患は『子宮蓄膿症』と呼ばれる病気で、子宮内に膿がたまってしまい、全身性の炎症を引き起こし外科的処置をしなければ命に関わる疾患です。

その他にも乳腺腫瘍の発生率も劇的に下げることができます。

糖尿病のコントロールができない

症例は14歳のメスのミニチュア・ダックスフンド。未避妊でした。
既往歴として糖尿病があり、インスリン治療を行いながら定期的に診察を実施していました。
しかし、ある時を境に今までのインスリン量ではうまくコントロールが取れなくなってきたのです。

インスリンは血糖値を下げるホルモンで、糖尿病ではこのホルモンが分泌されなくなり血糖値が上昇。
様々な悪影響を及ぼします。
逆にインスリンが多すぎると血糖値が低下、脳への栄養が十分に供給されなくなり、昏睡状態に陥ります。
悪化するとそのまま命を落としてしまうことも。(緊急性は高血糖よりも低血糖の方が高いです)。

今回の症例の場合、検査日によって非常に高血糖になったりギリギリの低血糖になったりと、同じインスリン量、同じ検査タイミングでもバラバラの結果となっていました。

その原因は雌性ホルモンである「エストロゲン」と「プロゲステロン」でした。
エストロゲンはインスリンの効果を高め、プロゲステロンは逆に下げてしまいます。
これによって同じ量のインスリンでも効果が上がったり下がったりしていました。

これらのホルモンは性周期によって増減します。
高齢になると正常な分泌量以上の量が出たり、周期がちぐはぐになったりすることがあります。

この子も周期が乱れており、原因の特定に時間がかかってしまいました。
14歳と高齢で、基礎疾患の糖尿病もコントロール出来ていない状態での麻酔は非常に高いリスクがありましたが、オーナーさんと共に意を決して避妊手術を行いました。

手術は無事に成功。
その後インスリンによるコントロールも取れるようになりました。

避妊したのに?収まらない発情行動

避妊したのに?収まらない発情行動

次の症例は避妊済みのネコです。
他院にて避妊手術を行ったにもかかわらず、大声を出したりお尻を高く上げたりといった発情行動を示していました。
スプレー行動など、一部の行動は避妊手術の時期が遅くなると癖になって残ってしまう場合もありますが、それとは明らかに違う行動が避妊手術後1年程経過したあたりから半年に1回程度のペースで始まりました。

血中のホルモン濃度(エストロゲンとプロゲステロン)を測定すると、避妊していない子と比べると明らかな低値を示していましたが、完全に避妊している子としてはやや高い、といった何ともいえない結果に。

お腹には避妊手術の時の痕が残っており、少なくとも手術はされている様子。
エコー検査などでも確認することはできず非常に悩みましたが、3歳という若い年齢と新しく若い男の子をお家に迎えたことを考え、試験開腹(卵巣が摘出されているかどうかを確かめる手術)を行いました。

その結果、卵巣・子宮は摘出されていました
念のため、卵巣があったはずの周囲の脂肪を摘出して病理検査を行ったところ、その脂肪組織の中に卵巣の組織があったのです。

脂肪組織を取る際に肉眼で見ましたが、見つかった卵巣は肉眼では確認できないくらいの小さなものでした。

試験開腹の結果として、その前に実施されていた避妊手術に、明らかな問題は無かったと考えます。
それでも発情行動が見られたのはその脂肪組織のなかにあった極めて小さな卵巣の組織(副卵巣といいます)からホルモンが分泌されていたためです。

これは「卵巣遺残症候群」と呼ばれるもので、卵巣は身体の右と左に1つずつありますが、ネコちゃんの場合、少しずれた場所に卵巣が飛び地のようにある場合があります。
頻度としては多くないですが、手術を行ったにもかかわらず、発情行動が見られる場合はまずホルモン検査をしてみるのがいいと思います。

吠える!出る!会陰ヘルニア

会陰ヘルニアとは骨盤の後ろ、お尻の筋肉が弱くなり、弱った筋肉の合間を縫って腸管や膀胱が腹腔から出てしまう病気です。
これは去勢をしていない5歳以降の雄犬に多く、雌犬やネコちゃんでは稀。

この病気の原因は、雄性ホルモンによってお尻の筋肉が弱くなってしまうことに加え、傾向として去勢していないワンちゃんの方がよく吠える事に起因します。

会陰ヘルニアはよく見る疾患なので一般的なお話しをしますが、吠える事で腹圧があがり、その勢いによってお尻の方にお腹の中の臓器が飛び出ます。
特に膀胱が突出した場合は排尿ができずに尿毒症という、体内の毒素を排泄できない状況に陥るため注意が必要。
腸管の場合も飛び出た事で血流が悪くなりショック症状を引き起こす可能性があります。


治療としては手術をして弱くなった筋肉を縫い合わせ、飛び出ないようにすることに加えて去勢手術を行います。

病気の予防のはずが病気になった!?

最後に不妊手術を行ったためになってしまうことがある病気を1つ紹介します。
それは「ホルモン反応性尿失禁」という疾患。

これは不妊手術により精巣・卵巣を摘出することで性ホルモンが分泌されなくなり、外尿道括約筋と呼ばれるおしっこを我慢する筋肉が弱くなってしまうことで発生します。
私たちがおしっこを我慢する時に力を入れている筋肉ですね。
これは意識して力を入れる筋肉の為、睡眠中や明け方に失禁してしまいます。

この疾患も尿のその他の疾患である膀胱炎や尿路感染症、尿石症といった疾患と比較すると発生頻度は高くないので、多くの場合はそれらの疾患を先に疑い検査を行います。
その上で何も異常が無い場合に試験的にテストステロンもしくはエストロゲンを投与する治療を開始して、効果が見られるかどうかで診断していきます。

ただし会陰ヘルニアの手術を行った子に対してはテストステロン(雄性ホルモン)による治療が行えません。エストロゲン製剤も量が多いと貧血の原因となるため、その点を注意して投与量を減少させていきます。

このホルモン反応性尿失禁は手術を行った場合になる病気ですが、多くの予防できる病気と比べると危険度には大きな差があります。
早期の不妊手術のタイミングを逃してしまったとしても手術をするメリットはあるでしょう。

若い時と比べると麻酔の安全性や術後の回復速度、予防のメリットなどは減少してしまいますが、実施するのとしないのとでは差が出てくると思います。
もし少しでも気になったらかかりつけの先生に相談してみてくださいね。

病気 獣医師 いぬ ねこ

おすすめのペットグッズ

この記事を書いた人

塩田純一郎

塩田純一郎

首都圏で5年間犬猫を中心とした診療に携わりました。
その後は病気のメカニズムや細胞たちの反応、薬の作用について勉強しています。
日常の身近な疑問や病気のメカニズムについて、わかりやすくお話しできればいいなと思っています。
よろしくお願いします。

この人の書いた記事を見る

\SNSでシェアする/

アイドラペットTOPへ戻る